「撮られる」という欲望  飯沢耕太郎(写真評論家)

 男が情事の相手の裸体を写真に撮る――というシチュエーションはそれほど珍しいものではない。谷崎潤一郎の『鍵』(1956年)には、当時日本でようやく知られるようになったポラロイド写真が登場してくる。またフランスの写真家、ベッティナ・ランスの『密室』(Chambre Close,1994年)は、全編がコレクターの「X氏」が撮影したとされるヌード写真で構成されていた。いうまでもなく、このシチュエーションが成立するのは、多くの読者がそんな願望(妄想)をかかえ込んでいるからだろう。小林修士の「密会」のシリーズも、そうした伝統的なテーマを踏まえたものだ。
 だが、それは「撮る―見る」側の男性の性的な欲望にのみ奉仕するものなのだろうか。時々そうは思えなくなることがある。もしかすると「撮られる―見られる」側の女性にも、このように写されたいという密やかな思いがあり、むしろ、裸体写真は写真家とモデルとの共犯関係によって成立するのではないだろうか。そんなものは男性優位主義者の幻想に過ぎないと、世のフェミニストの方たちから断罪されそうだが、小林の作り出した「物語」には、たしかにそう思わせる力がある。 (小林修士写真集『密会』玄光社刊より )

小林修士写真展『密会』
9月22日(金)〜10月1日(日) 開廊時間:13時〜19時
会期中無休


本写真展にて作品販売と併せ写真集『密会』(玄光社刊)を先行販売致します。

小林修士写真集『密会』
版型:B5横・変型(182×237mm) /横組/左綴じ/上製本
ページ数:160ページ(オールカラー)
発売日:2017年9月30日
価格:本体3,000円+税
玄光社